お清め

部屋が片付いたことで部屋の汚れがよく見えるようになりました
あまり本格的な掃除などをせず
気が向いたときに手の届く範囲で掃除をしていました。

モノがない部屋はきれいというのは
掃除をしやすいというのが一番の理由でしょう
モノで散乱した部屋は
どうしても日頃の疲れを溜めた状態で
手を付ける余裕を持つことができません

モノにとらわれている状態なのでしょう
自分自身のための家かモノのための家か向き合う必要があったのです

片付いたことで部屋の中の汚い部分がよく見えるようになりました
気が付いたら掃除を始めていました
タオル一本で窓ガラスを拭いてみると
汚れがすごいことになっていました

きれいになった窓ガラスを見て心が洗われました。
そして毎日一箇所をあまり時間をかけず綺麗にして
いくこととなりました。

ミニマリストを目指して

ミニマリストという存在を知り、自分自身もなりたいと感じた
そのわけは、心の開放が一番のところであります。
僕自身は、メンタルが強い人間ではなく
普通の人と比べればものすごく弱い部類になります
僕自身の精神面についての話は、また別の機会にするとしますが

ストレスが溜まる、ほしいものを好きなだけ買う
気づいたら部屋中がモノで溢れかえっていた
そのモノ達が自分自身の精神を一番重くしているように感じてしまったのであった
見る暇のない映画のDVD、読まない本、触ることのない玩具
聞くことのないCD
好きだと感じていたモノそれがかえって重みとなっていたのでしょう

ミニマリストを目指すにあたってというか
モノを捨てることに意味を持ちましょう
捨てることが大事なのではなく
捨てることで生活がどうなるかが大切であり
モノを亡くした後こそが大切であり
どのような生活を目指すかが大事でしょう

自分の中で物のない部屋がいいか
沢山のモノに囲まれた生活がいいかよく考えることでしょう
本当に大切なことは、自分自身がしたい生活であり
自分自身のキャパシティを知ることです

僕が持てるモノは少ない気がしたので
モノのない生活を目指したのです

断捨離 その2

現在の住まいの片づけがひと段落しても
心になぜか重みを感じる
何か忘れているような気がします

その原因とは
一か使うと実家に置き去りにしたり
必要ないが捨てにくいという理由で
一人暮らしをしてから実家に持ち込んだモノ達の
重みであった

自分自身の居住空間が表面上きれいになったところで
別の場所に移動させた持ち物も
自分自身が背負っていることには変わりなく
その重みを常に感じている状態なのだろう

そこで実家の片づけに手を付けることとして
真の心の開放は、自分自身が持つモノすべてと向き合った時に
訪れるだろう

断捨離

過去の僕は、モノを集めることばかりに意識が向いていた
いわゆるコレクターという人種だった。
子供のころから、好きになったものを只管集めることに固執していて
お金が手に入れば、只々ほしいものを買い集めていた

またストレスに弱く、精神的に脆い部分があるため
買い物をすることでストレス解消を行っていた
大人になり、一人暮らしを始めてからも
少ない給料の中で狭い部屋に大量のモノを集めていた
幾ら好きなものを沢山集めたところで気持ちが満たされることはなかった

いつしか物で溢れかえった部屋に不満を持つようになり
その物の重さを感じるようになる
それが一番のストレスに感じるようになってきた

自分自身に自信がなく
殻にこもる日々だったことで
ついに限界を迎えた時に
気が付いたように感じる

思えば実家で暮らしていた際は
自分以外の家族もモノに固執していた
それが実家で感じていた暮らしづらさの正体だったのだろう

部屋に篭るのを辞めて外に出るようになった際に
モノを捨てて身軽になりたいという感情も同時に生まれた
そして断捨離を始めた
一年ほど掛けて、本当に大事なものと向き合い
コツコツと進めていき
現在は、ここまで来ることができました

画像


画像

乙女らしい、シンプルライフを模索していくブログです。

モノに溢れた世の中で自分らしく生きる道を追求していきたいと想います